留学実績

これまでGLCでは学生時代の長期留学経験を推奨しており、 多数の交換留学・私費留学などを実現しています。本ページは留学に行ったGLC生の声を皆様にお届けします。 ご興味・関心のあるエリア・大学をクリックしてください。

オセアニア圏

藤原幹太(2013年)/GLC6期 経済学部

「世界の課題を探り続けた留学生活」

「途上国も先進国も課題を抱えている」

オーストラリアを留学先と決めたのは、先進国も含めた世界の社会問題を知りたいと思うようになったためです。大学1年次にフィリピンに滞在した経験から、社会問題により意識が向くようになり、途上国と同様に先進国も無数の問題を抱えていることを知りました。その中で、途上国に固執せず、一般的に豊かだと言われている国と貧しいと言われている国の両方で生活したいと思うようになり、留学先として、世界一住みやすい都市に3年連続で選ばれたオーストラリア・メルボルンにある大学、ラ・トローブ大学を選びました。また留学後すぐに、最貧国の1つである西アフリカの国、トーゴにも3ヶ月間滞在しました。それぞれの地域で人々は何に悩んでいるのか、その悩みを少しでも理解する留学にしようと決め、出国しました。

「GLCで鍛えた力で結果を出す」

留学中、豪州全域の大学で行われるソーシャルビジネスコンテストに参加しました。メンバーは現地人2人とノルウェー人と私の4人でした。「今こそGLCで学んだリーダーシップを発揮する時だ!」と決め、チームを勝利に導くため、皆が敬遠する作業を率先して受け持つことから、メンバーの喧嘩の仲裁まで何でもやりました。結果的にチームが団結し20チームから大学代表に選ばれました。 また、半年間ホームレスの保護施設でボランティア活動に参加し、留学生とホームレスの方々との卓球大会を自ら開催しました。留学中、様々な挑戦をする中で絶えず困難にぶつかり、投げ出したくなることもありましたが、GLCを通して磨いた「やリ抜く力」で何度も立ち上がることが出来ました。

北・中南米圏

宮武正之(2013年)/GLC7期 経済学部

「夢見た留学、つらい現実。同志と挑み続けた先に見えたもの」

「日本人ただ一人の授業、どん底からたった一人のS評価へ!」

留学中最も頑張ったことは、勉学です。留学当初、一番レベルの高いクラスを履修しようとしたところ、英語力が足りず履修出来ないという事態に陥りました。そこで、なんとか履修するために学部長に直談判したところ、熱意が通じ、こんな留学生は見たことがないと言いながら、履修を許可してくれました。無事履修出来たものの、1人だけ日本人の少人数ディスカッション形式の授業で中々発言出来ず、大変悔しい思いをしました。悔しさをばねに、朝から晩まで図書館で学び、また通学・帰宅の時間でプレゼン・スピーキングの練習をする、といった努力を重ねていきました。さらに、ただ座学で学ぶだけでなく、学んだ知識を実践で活かすために授業の関連テーマであるマイクロファイナンス機関でインターンシップも行いました。そうした取り組みが実り、最終的には授業でただ一人、最高評価のS評価を獲得することが出来、留学生の代表としてスピーチする機会をいただけました。

「留学中もGLCの仲間たちと鼓舞し合った」

GLCで築いた同志との連帯が、私の留学生活を最高のものにしてくれました。留学では、本当に何度も壁にぶつかりました。「ホームステイの家族とコミュニケーションが取れない」「あれだけ勉強したのに平均点以下だった」「どれだけ頼んでもインターンシップをさせてもらえない」等々、思い描いていた留学との違いにショックを受け、心が折れそうになる時もありました。しかし、へこたれそうになる度に、GLCでともにプロジェクトを戦った同志と励まし合いながら乗り越えてきました。「必ず勝って帰ろう」と誓い合って一緒に戦ってきたからこそ、留学で様々な結果を出すことが出来たと思います。このような素晴らしい同志に出会わせてくれたGLCに心から感謝しています。

高橋裕大(2010年)/GLC4期 経済学部

「自分が主役 カナダで核廃絶プロジェクト立ち上げを経験」

「徹して学ぶ留学に!」

留学先を決める際、1)英語圏、2)先進国、3)交換留学を軸としていました。その中でも「孤島で田舎で、より勉強時間を確保することができる」大学であるプリンス・エドワード・アイルランド大学に留学しました。実際に、留学後半は毎日10時間の勉強に挑戦することができました。また、小学生の時から核廃絶に興味があり、核廃絶を訴えてノーベル平和賞を受賞したパグウォッシュ会議の発祥地であるカナダで学びたいという思いもありました。

「“核廃絶プロジェクト”のリーダーに」

「4ヶ月間「核廃絶プロジェクト」をリーダーを務め、パグウォッシュ会議と提携して活動しました。プロジェクト立ち上げ当初、参加者は少数でしたが、大学の「平和祭」でブースを設けポストカードの配布や、折り鶴つくり等、皆で楽しみながらプロジェクト運営しました。それにより参加者の急増やプロジェクトの拡大につながり、パグウォッシュ会議との活動提携を結ぶことができました。

「GLCがあったから留学を乗り切れた!」

GLCと留学は切っても切り離せないものでした。留学前は、GLCの仲間と共に、英語の勉強に一生懸命挑戦しました。また、GLCのメンターが私の英語の勉強計画を一緒になって考えて下さり、短期間で英語力が向上しました。留学直前には、GLC講師の方に「カナダで主役を張ってこい」と激励して頂きました。これら全てのかげで、留学生活を乗り越えることができたと心から思います。

西野義輝(2014年)/GLC6期 経済学部

「ボリビアで徹して学び、動き回った日々」

「日本人のいないボリビア」

高校時代から留学に興味があった私は大学入学後、①第2言語を学べる国、②軟式野球部をやり切ってから行ける交換留学先という2つの国選びの軸を定めました。その点、スペイン語が公用語の一つであるボリビアや、中国とロシアは軸が当てはまりましたが、中でも決め手となったのはボリビア特有の環境に魅力を感じたことです。まず、ボリビアは地理的には日本の正反対に位置し、興味のある開発経済学に結びつく南米最貧国です。そして、現地大学や地域に日本人がおらず、私の一挙手一投足を通して「日本のイメージ」が変わる責任のある環境だと思いました。このように、より苦労し、成長出来る環境があると考え、ボリビア留学を決意しました。

「寝る間も惜しんで勉強。努力がすべて結果につながった。」

私はボリビアで、兎にも角にも勉学に挑戦しました。留学初日、語学力を過信していた私は、現地空港に迎えに来たホストファザーのスペイン語が一切分からず、早々に挫折を経験しました。しかし、振り返るとその挫折が転機となり、始めの3か月はベッドで寝た記憶がないほどに語学と学部授業の予習復習に励みました。その結果、現地学生とともに臨んだ前期期末試験では2科目で満点を獲得。さらに、後期は履修した全授業で最高評価を獲得。創大交換留学生初の成績優秀者に選ばれました。また、勉学以外にも、国中の日系人にインタビューし実現させた核兵器廃絶に関する展示会の開催や、日本文化を学びたい現地学生に応えて設立した日本クラブなど、多くのことに挑戦し、成果を残すことが出来ました。

松浦俊作(2017年)/GLC10期 経済学部

「アメリカの地でリーダーシップを学び、挑戦」

「“まわりは皆、黒人学生”の中でキング牧師の精神を学ぶ」

私がモアハウス大学を選んだ理由は、「特殊な環境下で多様性を模索する」「社会正義を実現しゆくリーダー教育を学ぶ」ためです。モアハウス大学は、在籍する生徒の約99%が黒人です。そのような環境にアジア人が一人飛び込むことにより、アメリカにおける黒人という人種の意味を深く理解できると考えました。そして、キング牧師の母校でもあることから、人種という観点から社会正義を追い求めた氏のリーダー精神を、キャンパスライフを通して学びたいと考えました。

「母国語以外の言語でリーダーシップをとる」

留学中は課外活動に積極的に取り組みました。3つのボランティア活動に従事し、学内の日本に関するイベントの企画・運営、全米最大規模の黒人学に関する会議の学生部門の企画・運営、また、アメリカ国内外それぞれでビジネスに関する国際会議に参加し、多くの学び・経験・人脈を得ることができました。特に、黒人学の会議の運営では、学生部門の副プロジェクトリーダーを務め、異なる言語の環境でリーダーシップを発揮すること、リーダーとして責任感を持って行動することを経験しました。

ヨーロッパ・中東圏

松本昌明ニコラス(2010年)/GLC4期 経営学部

「イタリアの地で学び、動く」

「欧州の過去、そして今を学ぶ」

3点あります。1点目は、世界最古のボローニャ大学の精神を学びたく留学しました。これは、自身が創価大学の精神を1000年後の学生にどう受け継げられるかを考える際に、900年以上前に創立されたボローニャ大学はどのような形で今に至っているのかを学びたかったためです。2点目は、2008年にリーマンショックが起こり、ちょうどギリシャショック問題が勃発している中、ヨーロッパ経済を肌で感じたいと思ったためです。3点目は、母国であるアルゼンチンの根源的人種は95%がヨーロッパ系ということから、母国の様々な政治的問題、権力的問題、経済的問題の本質的問題を知りたかったことから、留学先を選びました。

「イタリア語、ファイナンスを猛勉強」

まず、語学の勉強です。留学での一年間を通して、前期では主に英語での金融の勉強やプレゼンに挑戦しました。そして後期ではイタリアの授業を受け、本も40冊以上よみイタリア語の修得に取り組みました。2つ目に、この語学の力を基盤に創価大学のイタリア研究会での伝統的な語学研修をサポートしたことです。これは20年間イタリア研究会で続いている行事であり、ここに私は通訳や翻訳などのお手伝いをしました。そして、ボローニャ大学の総長・副総長や学生との交流会を設けることもでき、後輩に少しでも貢献することができとてもうれしかったです。

アフリカ圏

松本幸子ソニア(2011年)/GLC5期 経営学部

「一番苦しんだ人が幸せになる社会を作るため、アフリカで学ぶ」

「貧困解決の糸口を探しにケニアへ」

ナイロビ大学を選んだ理由は3点あります。1点目に、母国アルゼンチンの貧困を少しでも減少させたいと思い、そのために途上国にいる人々と交流し自らの目でどのようなニーズがあるのかを学び、貧しい人々の生活を向上させるための答えを得たいと思ったからです。2点目に、アフリカには他の大陸と異なりとても貧しい国が沢山あるためです。創立者の「一番苦しんでいる人が一番幸せになる権利がある」との言葉を胸に、私もケニアで成長したいと思いました。3点目に、「創立者に恩返しするため創価大学を世界一にしたい」と思ったとき、留学することで創価大学の価値をさらに学び、同時に創立者池田先生の哲学や思想を世界の人々にも伝えたいと思ったからです。

「勉学・友情。すべてに全力。」

ケニアでは勉学・友人作り・ケニアへの理解を深めることを頑張りました。現地では6科目を履修し、授業前の予習・復習に加え理解できなかったことはクラスメイトにすべて聞きました。アフリカでしか読めない書籍の読書にも挑戦しました。友達作りは思った以上に難しかったです。お金目当てで友達になりたがる若者が多く、真の友人を作ることが困難でした。しかし、勇気を持って会う人に声をかけ、現地の言語を使用することによって関係を深めるように努力していきました。結果、沢山の信頼できる友達を作ることができました。また、ケニアの経済・歴史・文化を理解するため、毎日新聞をチェックし、大学でケニアについて学べる授業を履修していました。

アジア圏

松山多美子(2011年)/GLC3期 経済学部

「一流へのこだわり。中国でグローバルな挑戦」

「行くなら第三言語習得×一流の大学」

大学入学時から、夢である国連職員になるためには、第三言語を習得する必要があり、幼少期に中国で生活していたことや父が華僑であることから、第三言語は中国語を学びたいと思っていました。留学先として清華大学を選んだ理由は、一度きりかもしれない留学を一流の環境に身を置いて挑戦したいと思ったためです。

「インターン先でリーダーを経験!」

「主体的に生きる」ことを目標とし、欧米系コンサルティングファームでのインターンシップに挑戦しました。特に印象に残っているのは、クライアントの飼料製造管理システムを、他社と比較し、最適化する提案をしたプロジェクトです。欧米人チームのリーダーを務めた私は、語学力の差があり、劣等感を感じることもありましたが、「ここは自分が選んだ環境だ」という思いがモチベーションにもなり最後まで挑戦しきることができました。

「グローバルリーダーになる決意が固まった!」

GLCに入ったことで、「グローバルリーダー」を目指す一人として、「より世界にインパクトを与える人材を輩出している場所」に行こうと決意することができました。留学を開始して2ヶ月目、清華大学生の一員としてグローバルビジネスリーダー研修への参加が決まりました。この研修はスタンフォード大学とUCバークレーで行われ、ビジネスコンテストやシリコンバレー訪問などを経験しました。全中国から集った約30名の学生と共にグローバル人材を目指して競い合いながら友情を育めたことはとても良い経験でした。

長岡幸一(2013年)/GLC6期 経済学部

「GLCがあったから、挑戦し続けられた」

「ビジネスの中心地・香港での挑戦を決意」

私は高校時代から中国圏への留学に興味を持っていました。大学に入り、中国、特に香港に事業所を構え、そこから中国本土にビジネスを展開する外国企業が多いことを知り、アジアのビジネスの中心地ともいえる香港への興味が強まりました。さらに香港大学は、アジアの中でもレベルが非常に高く、各国から優秀な留学生が多く集うため、彼らから刺激を受けるとともに、様々な価値観がある中での議論やグループワークに挑戦出来ると考え、留学先として選びました。

「悩みを乗り越え夢を見つけた!」

留学中、インターンシップやビジネスコンテストに挑戦した私でしたが、勉強のモチベーションや人間関係などで悩むこともありました。しかし、大きな夢と高い志を持つGLCの仲間と一緒に「グローバルリーダーとしてどうあるべきか」を考え、日本で必死に挑戦を重ねた日々を思い出すたびに、奮起することが出来ました。また、留学に行く前、お世話になっていたGLCスタッフの方から、「長岡くんは、将来何がしたいの?留学でその答えを見つけようよ」とのアドバイスがあったからこそ、自分の夢を見つけようと、留学中に様々な活動に積極的に挑戦し続けられました。その結果「海外で経営者になる」という目標を見つけることが出来、その夢に向かって今も頑張り続けています。

衣笠勇二(2011年)/GLC4期 経済学部

「俺はインドで言語や文化の壁を超えてみせる」

「積極的にインド人と交流」

留学先では文化の壁・言語の壁にぶつかりました。インドに到着したばかりのころは、まずこの環境での生活に慣れることで精一杯でした。本当にインドでは毎日カレーを食べます。しかし、留学生活も時間が経つと、現地生活にはなんとか慣れることができました。留学で勉強を頑張るのは当然ですが、特に心掛けたことは「文化・言語の壁を壊すため、インド人と積極的に交流する」ことです。実際に、大学のサッカーチームに所属し唯一の外国人としてプレイしていました。

「GLCの先輩や同期が留学を後押ししてくれた」

私は大学入学時から、「留学する」という決意がありました。さらに、GLCに入講し、GLCの多くの先輩が留学を経験しており、お話を聞くたびに「留学に行くことで語学面でも人間性の面でも成長することができる」と確信し、留学への思いが高まりました。大学2年時の夏休みは留学生寮の残寮生もしながら、1日8時間の英語の勉強に取り組みました。この時、高いモチベーションを維持できたも、GLCの仲間が机にくらいつくように勉強する姿に、何度も鼓舞されたためです。

飯尾佳奈(2010年)/GLC5期 経済学部

「留学は自分との闘い、でもいつも心にGLCの仲間がいた」

「自身はないけれど、いつか“努力の天才”と呼ばれるように」

留学中、自分自身の英語力の低さやシンガポールの学生のレベルの高さに何度も心が折れそうになりました。もともと人見知りだった私は、人に対して自分を閉ざしてしまう時期もありました。しかし、このままでは何も成長できないと気づき、悩むことより、とにかく行動していくことを心がけました。勉学面では中国語で日常会話を習得するために1日2時間の中国語の勉強や、授業で成績優秀者になれるよう予習・復習に力を入れました。人間性の面では、人見知りを克服するために、1日1日、必ず新しい人と話すことや、友達を150人以上作ることを目標に、話しかける努力をしました。今は力がなくても、努力の天才と言われるようになれるように何事にも挑戦した日々でした。

「GLCで留学を決意、留学中もGLCの絆で頑張れた」

大学入学当初から留学は私にとって大きな夢でしたが、GLCの講座も私が留学を決意するひとつのきっかけでした。グローバルリーダーになるためには、インターンシップや留学などの「Away体験」が大切です。GLCには留学を経験された先輩が多くいらっしゃり、その先輩達のようになりたいとの思いから留学を決意しました。留学は自分自身との戦いですが、くじけそうになった時、励ましてくれたのはGLCスタッフの方々や先輩、仲間達でした。いつも頭の片隅には「GLCの一員として大成長の留学にする」との思いがありました。異国の地でもGLCという絆で皆と繋がれていたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

(2012年)/GLC4期 経済学部

「リーダーとして、私は挑戦する。」

「自分の目で、タイを知りたい」

タイを留学先として選んだ理由は2つありました。まず1つには開発経済学に関心があったためです。1,2年次から、関連する授業を履修したり、本を読んだりしていました。また、経済成長をし、多くの日本企業が進出しているタイという国の様子を自分自身で学びたいと思いました。また2つめには民族間・宗教間での紛争について勉強したいと思っていたからです。タイの北部には伝統的な文化を守り都市部と違う言葉を話す少数民族がいくつかあり、南部では少数派の宗教との対立が問題となっています。なぜこのような事が起きてしまうのか、これも現地に行って直接問題に向き合ってみたいと思うようになり、タイを留学先として選びました。

「リーダーならばここであきらめてはいけない!」

留学中、大学の授業で優秀成績を収めることタイ語の習得、タイ文化を複眼的に考察することに挑戦してきました。その挑戦の中でも言語・文化の壁に直面し、時には何でこんなに頑張らなければならないのだろうとくじけそうになったことが何度かありました。しかし、その度に私を奮起させてくれたのは、GLCの存在でした。「2030年創価大学世界一を目指して真の"リーダー"を目指すならばこんなところでつまずいていてはいけない、リーダーならば人の倍も三倍も努力しなければならない」とGLCの時に培ったリーダーとしての意識が自分を毎回原点に立ち返してくれるたのです。

瀬戸口和子(2010年)/GLC4期 経済学部

「結果を残した留学。真のグローバルリーダーを模索した日々。」

「留学生初、開発経済学の単位取得を果たす!」

私は「最難関の授業で結果を残す」という目標達成のため、留学生の誰一人として取得が不可能であった開発経済学の授業の単位取得に挑戦しました。現地学生と週三回勉強会を開催し授業に臨みましたが、テストで70点中24点をとってしまい、目標達成が危ぶまれました。しかし、常日頃から『一度、掲げた目標は絶対に投げ出さない』と心に決めており、4ヶ月間の論文作成で目標を達成しようと挑戦しました。結果、論文で最優秀評価を頂き、単位取得を果たすことができました。この経験を通し、常に高い目標に向かって諦めずに走り続けた時、必ず最高の結果を出すことが出来る事を学びました。

「真のグローバルリーダーとは?」

私の留学生活は、「真のグローバルリーダーとはどんな人なのか」、を考えぬいた日々でした。 留学中、フィリピン、もしくは世界でビジネスを展開している人と交流を深めていくなかで、私にとって「世界を舞台に働くこと」のみがグローバルリーダーの条件ではないことに気づきました。「人のために行動する人」「誰にも負けない実力がある人」が今の私にとってのグローバルリーダー像です。この2点を満たす人になれるように、日々努力しつづけています。

青木陽子(2013年)/GLC6期 経済学部

「ネパールで見た現実と、努力の先に見えた結果」

「アジア最貧国、ネパールで学ぶ」

ネパールを留学先として選んだ理由は、アジア最貧国と呼ばれるほどの発展途上国だったからです。中学生の時、学校の中心者としてユニセフ募金を集めた経験から、途上国の可能性に興味を持ち始めました。その後、途上国の可能性を経済から学ぶため、大学では開発経済学専攻のゼミで1年間勉強しました。学びが深まるにつれ、机上の論理だけではなく現状を確かめたいと考え、途上国への留学を考えるようになりました。ネパールは、山岳地帯に囲まれ貿易に不向きな内陸国であり、また中国とインドが対立する政治状況もあり、世界一開発が難しい国だと言われています。その現状をこの目で確かめたいと考え、ネパールを留学先として選びました。

「一から始めたネパール語。最後はネパール語で現地調査」

留学先での大目標を「現地の輪を広げ、開発経済の学びを深めること」と掲げていた私は、英語でネパール語を一から習得すること、開発経済学の現地調査に挑戦しました。まず、ネパール語については、毎日大学の授業を受け、予習復習に3時間かけました。さらに、ネパール語しか話せない友人と毎晩1時間は会話し、知らない単語を発見し、覚えるよう心がけました。慣れない環境や馴染みのない言語で逃げ出したいと思うこともたくさんありましたが、何のために留学に来たのかを思い出して、地道に努力を重ねました。はじめは努力が実らないように感じましたが、最終的には開発経済学の現地調査に携われるほどにネパール語も上達することが出来ました。留学の集大成として、政府・企業・学生・NGO等の現地の方々、100名にインタビューをし、ネパールの後発の原因を考察した論文を完成させました。留学時に決めた目標を達成することが出来、心から嬉しかったです。

岩城温子(2013年)/GLC6期 経済学部

「日中友好に貢献できる人に!」

「本当の中国を知りたい」

私は高校生の時から、「日中友好に貢献出来る人材になりたい」との夢を持っていました。その夢に一歩でも近づくために、まずは現地に長期間滞在し現地の人と交流することで真の中国を知りたいとの思いから、中国への留学を決めました。なかでも、厦門は経済特区の一つであり、今まさに経済発展が著しい近代都市でありながら、バスで1時間程度走った所には未だ道路が整備されていないような発展途上の地域が見受けられる場所です。そのため、多様なバックグラウンドを持った現地の方に出会うことが出来、中国のリアルな姿を知るのに適した場所であると考えました。また、魯迅が教鞭をとったことでも知られる国内有数の一流大学であり、教育環境としても優れた場所であることから、厦門大学を選びました。

「縁した人を大切に。日本嫌いな人とも友情を結ぶ」

日中友好に貢献出来る人材になるために、まずは、自分が縁した中国の一人ひとりの方と固い友情を築くこと、そして小さくてもいいから、留学生として現地の人に貢献することを目標にしていました。そのため、とにかく現地のコミュニティに積極的に参加するようにしていました。学内では放課後の陸上サークルでの活動、休日には現地の社会人の方々に日本語を教える活動や、社会人のソフトボールチームに参加し、現地の方々との交流を深めました。また、最も力を入れて取り組んだのが、留学生の友人たちと現地の貧困地域の小学校で海外文化を教えるボランティア活動です。帰国前に、日本嫌いだった少女に「また帰ってきてね」と言ってもらえた時は、本当に嬉しかったです。

須貝光明(2017年)/GLC10期 経済学部

「新しい世界で、1からの挑戦。仲間や先輩のおかげで頑張れた」

「地道に中国語を習得。最後はすべての授業でA評価」

留学先では中国語に挑戦しました。入手できる情報も少なく辿り着いた台湾は、全く新しい環境でした。留学決定以降、日本で勉強を開始した中国語も、ほとんど伝わらず、また基礎からのやり直しでした。しかし、生活の中で実践的に中国語を使う場面が増え、コミュニケーションが次第に出来るようになりました。また後半の学期では、中国語で開講されている授業に参加できるようになりました。また、一つひとつの授業を丁寧に受講しようと心がけ、全ての授業で最高のA評価を頂きました。

「GLCが留学決定の原動力」

今思うことは、私がGLCに参加していなければ、留学に行かなかったかも知れなかったということです。何か新しいことに挑戦する時、背中を押してくれる存在が必要な場合があります。GLCには、世界に果敢に挑戦しようというメンバーがいて、実際に世界で活躍している先輩方がいました。僕にとってそのGLCの存在が、留学に向かわせる原動力になっていました。また、留学期間中でも他の国で留学しているメンバーの挑戦を聞き、自分も今の場所で頑張ろうと鼓舞されていました。そのような、GLCの強く暖かいネットワークに感謝しています。