迷いに迷った4年間だった。 パイロット、地方公務員、グローバル企業…。 横尾が大学時代に志望してきた職業の幅は広い。 「世界を舞台に活躍したい。けれども地元への思いを捨てられない」。 迷いの末に横尾が見つけた答えは、地元・九州の福岡銀行への就職だった。

8割の確率で失明―。
「もう一度この目が見えるなら、 社会のために使いたい」

 横尾には、忘れられないことがある。高校2年生の時、野球部に所属していた横尾は、練習中に左目を大怪我したのだ。 8割の確率で失明―。 医師から告げられた言葉に、横尾は動揺を隠せなかった。 野球に全魂をかけてきた青春。友人や家族と過ごしてきた大切な日々。そして、目の前に広がっていた将来への希望。 それらが全て砕け散ったような気がした。 それでも横尾は、包帯の巻かれていない右目で病室の天上を見つめながら、こう決意する。 「もしも、もう一度この目が見えるなら、社会のため、人々のために使おう」。 わずかな希望にかけながら、横尾は辛い入院・通院生活を耐え抜いた。 2ヵ月後、横尾は奇跡的に失明を回避し、視力も0.8まで回復したのである。このことが横尾の原点となった。

「創価大学は夢を叶えられる場所。横尾君の夢を全力で応援するよ」

 その後、創価大学に入学した横尾は、挑戦の日々を送り、「社会に貢献する」というあの日の決意を果たそうと決めていた。 しかし、なかなかはっきりとした夢を描くことができずにいた。 転機となったのは、「キャリアデザイン基礎」の受講だった。これは、1年生が自らの夢を見つけ、それを実現する大学生活の計画を立てることをサポートする授業である。この授業の目玉は、キャリアサポートスタッフ(CSS) ※1 の4年生が履修生全員と面談を行い、一人ひとりに合わせたサポートをしてくれることだ。 「創価大学は夢を叶えられる場所。横尾君の夢を全力で応援するよ」。 CSSの先輩の言葉は、横尾の中にあった、ある“憧れ”を“目標”に変えた。 それは、パイロットになることだった。 「子どもの頃から、世界に憧れを持っていました。パイロットとして、日本と世界を結びたいと思ったんです」。 横尾は、パイロットになるための専門学校に入った。大学生活との両立は想像以上に大変だったが、横尾の夢に本気で向き合ってくれるCSSの存在が、横尾を奮い立たせた。 その後横尾は、パイロットの道を断念することになる。しかしこの経験は、横尾を「世界」に向かわせこととなった。
※1:進路が決まった4年生のグループで、主に1、2年生のキャリアサポートを行う。

Uターン就職を選ぶか、
それとも東京に拠点を持つグローバル企業で働くか―。

 パイロットの夢を追う中で、世界への思いを強めた横尾は、グローバル企業への就職を考えるようになった。 しかし一方で、横尾には捨てられない思いがあった。地元・九州の発展に貢献したいー。 幼少期から過ごした九州。様々な人と出会い、ともに生きてきた。 九州にしかない産業や技術にも、誇りを持っていた。また、地方公務員として地元の発展に貢献する父の影響も大きかった。 「地方公務員として、地元の発展に貢献する道もいいのではないだろうか」。 横尾のカバンには、常に公務員試験の問題集と英語・中国語のテキストが入っていた。 Uターン就職を選ぶか、それとも東京に拠点を持つグローバル企業で働くか…。 葛藤の末に横尾は、中国への留学を決めた。「悔いのない選択をするために、自分の世界を広げることが必要だと思ったんです」。 大学3年の夏。横尾は、日本を発った。

「日本に対する誤解が解けた」、「日本人を見直そうと思った」 中国人学生は、横尾にこんな話をした。

 中国に降り立った横尾。名門・渤海大学に留学生として入学した。 しかし、日中関係が冷え込んだ中での留学。日本人への風当たりの強さを感じた。日本に対する誤解も多かった。「日本のことを、中国の人たちに知ってもらいたい」 。横尾は、大学内で日本の文化を紹介するイベントを企画。開催までの道のりは平坦ではなかったが、どんな障壁にも怯まなかった。 イベント当日。手作りの企画や展示は、中国の人たちの心に突き刺さった。「日本に対する誤解が解けた」、「日本人を見直そうと思った」。 そして、ある中国人学生は、横尾にこんな話をしたのである。「僕は、日本の中でも福岡に興味がある。東京や大阪だけじゃない、日本は、地方にも魅力があるよね」。 地方と世界のつながりを実感した瞬間だった。 海外の人々を惹きつける魅力が、地方にはある。「世界と地方を結びつける仕事は出来ないだろうか」。 それは、横尾の人生を拓くカギとなった。

「地方でも、グローバルに働くことはできるよ」
かつて光を失いかけたその目に映るのは、世界だ。

 「九州と世界を結びたい」。 留学から帰国後、横尾はキャリアセンターを訪問し、キャリアカウンセラーに自分の思いを話した。 「地方でも、グローバルに働くことはできるよ」。 カウンセラーが例として挙げたのが、地方銀行の銀行員だった。 あらゆる地元企業の発展に貢献することができ、海外進出の支援を行うこともできる。横尾は、天職に出会ったような思いがした。 そして、2013年4月。福岡銀行への入行が決まったのである。 「悩みに悩んだ大学生活でしたが、様々な方の支えのお陰で、最高の進路を勝ち取ることができました」。 九州の天地に立つ横尾。かつて光を失いかけたその目に映るのは、世界だ。

横尾正秀の4年間

1. 入学

DREAMGATE

「創立者に恩返しをしたい!」「親孝行できる人材になりたい」との想いで、九州から飛び立ち、創価大学へ入学しました。

2. 寮生活

DREAMGATE

滝山東寮で寮生活を経験しました。人生初の10人部屋で、苦労することも多々ありましたが、創価大学の人間主義の素養を培うことができました。苦楽を共にした寮生は、一生涯の友人です。

3. キャリアデザイン基礎を受講

この授業で、素晴らしいCSS(キャリアサポートスタッフ)の先輩に出会い、「夢」を持つ大切さと、実現への具体的なアプローチ方法を教えていただき、夢への第一歩を踏み出す大きなきっかけとなりました。

4. 本格的にパイロットを目指す

CSS(キャリアサポートスタッフ)の方との出会いをきっかけに、パイロットの専門学校に通い始めました。この経験があったからこそ、「世界」という自分の軸が出来たのだと思います。

5. クラブ活動

DREAMGATE

大学生活では3年間、沖縄の伝統舞踊であるエイサーを通して平和を訴えている団体「イチャリバチョーデーズ」にて、活動をしました。2014年度、沖縄で行われた世界エイサー大会では、審査員特別賞を受賞することができました。

6. 公務員講座を受講

地元・九州に貢献したいという想いから、本格的に公務員の勉強をしていました。「グローバルに働く」ということにも関心があり、どのような進路に進むべきか悩んでいた時期でした。

7. 中国・渤海大学に私費留学

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2013年の2月から約10か月間、中国、遼寧省の「渤海大学」に留学をしていました。 ゼロから始めた中国語でしたが、帰国時には、最高級の「中国語新HSK 6級」を取得することができ、実りある留学生活を送ることができました。

8. 「日中交流会」企画

DREAMGATE

留学中には、日本のイメージを変えたいとの想いで、「日中交流会」を開催しました。また、積極的な友人作りにも取り組み、行動した結果、約200人の中国の友人と一生涯の友情を築くことができました。

9. キャリアセンターでの面談

どのような進路に進むべきか悩んでいた私は、キャリアセンターの職員の方に面談をしていただきました。どんな悩みに対しても真摯に進路相談にのってくださいました。就職活動中も、頻繁に連絡をくださり、職員の方の学生に対する強い想いに感銘を受けました。

10. 内定

株式会社福岡銀行より内定をいただきました。

11. CSS(キャリアサポートスタッフ)1

DREAMGATE

CSS40人で「創価大学を世界一に」という思いに燃えながら、日々大切な後輩のために、そして大学発展のために尽力していました。

1CSS(キャリアサポートスタッフ)は進路が決まった4年生のグループで、主に1、2年生のキャリアサポートを行う。

12. 卒業

創大生としての誇りを胸に、貪欲に学び続け、前進していきます。まずは九州で地域のリーダーに、そして更には世界のリーダーへの飛躍を遂げたいと思っています。